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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)346号 判決 1983年9月30日

原告

三山商事有限会社

右代表者

武笠利作

右訴訟代理人

名尾良孝

山本正士

林浩盛

被告

根岸政恭

右訴訟代理人

米林和吉

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

1  被告は原告に対し、金九三万円及びこれに対する昭和五五年八月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項について仮執行宣言

(被告)

主文と同旨

第二  主張

(原告)

一  請求原因

1 原告は、宅地建物取引業者である。

2 原告は、昭和五四年一二月上旬訴外山一商事株式会社(以下、「山一商事」という。)から別紙物件目録記載の不動産(以下、「本件土地」という。)の売却につき仲介の依頼を受けて、これを承諾した。

3 次いで、原告は、昭和五四年一二月下旬被告から土地の買入れの仲介を依頼されて、これを承諾した。

4 その際、仲介報酬は、宅地建物取引業法四六条一項の規定に基づく建設大臣の告示(昭和四五年一〇月二三日建設省第一、五五二号)による埼玉県知事の定めた最高限度額とする旨合意した。

しかして、原告は、右契約に基づいて、本件土地につき、山一商事を売主、被告を買主として、売買の斡旋をし、その成約のため尽力した。

6 その結果、昭和五五年一月一五日被告と山一商事間において、本件土地について売買代金三、二七〇万〇、〇八七円で売買契約(以下、「本件売買契約」という。)が成立した。

7 その後、原告は被告との間で、同年五月二六日右合意基準に基づく報酬金額一〇四万一、〇〇〇円を金九三万円に減額し、その支払期日を昭和五五年六月三〇日とする旨約定した。

8 しかるに、被告から報酬の支払がないまま、右支払期日が経過した。

9 よつて、原告は被告に対し、仲介報酬金九三万円及びこれに対する弁済期の後の日である昭和五五年八月五日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は知らない。

3  同3項の事実は認める。

4  同4項のうち、原告主張の報酬最高限度額の定めのあることは認めるが、その余の点は否認する。

5  同5項の事実は否認する。

原告は、被告が当初原告事務所を訪れた際、本件土地と他の土地二か所に被告を案内したことにとどまり、その他の尽力はしていない。

6  同6項の事実は認める。

7  同7項のうち、被告が原告主張の弁済契約をしたことは認めるが、その余の点は争う。

三 抗弁

1  本件売買契約当時、本件土地の登記簿上の所有名義は訴外武笠一にあつたのであるから、右売買契約は山一商事と被告間における他人所有にかかる土地の売買に当たる。かような場合は、仲介によつて右武笠から被告に対する、所有権移転登記が経由されるまでは、仲介報酬請求権は発生しないと解すべきところ、本件においては、本件売買契約成立後、右所有権移転登記までの間に、次のような事情が生じたので、原告主張の仲介報酬請求権は消滅した。すなわち、

(一) 本件売買契約は、昭和五五年四月中旬頃右武笠の要求により山一商事と、被告との間で合意解除された。

(二) 原告は、同年五月一七日頃本件土地の売買につき被告のために仲介することを打ち切る旨通告して本件仲介契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) 被告も同年五月一七日頃原告から手付金の放葉等を勧告され、他者への売渡を示唆されたので、原告に対し、口頭で本件仲介契約を解除する旨の意思表示をした。

(四) 右のように、本件売買契約が解除された後、被告は同年五月二六日右武笠から本件土地を代金三、〇九三万二、〇〇〇円で直接買受けて、同人から本件土地の所有権移転登記を受けた。したがつて、原告の仲介と被告の本件土地所有権の取得との間に相当因果関係はない。

2  被告と原告との間で同年五月二六日になされた金九三万円の仲介報酬支払契約は、次の理由により、無効である。すなわち、

(一) 被告は右契約の際、原告の被告に対する信義に反する態度、行動に照らして、原告が仲介報酬請求権を取得するいわれはないと信じてきたが、右事実を知らない訴外高橋是善に説得されて同人作成の念書に不本意ながら署名したにすぎないのである。したがつて、右念書が作成されたからといつて、被告が原告に対し、仲介報酬を支払う意思がなかつたことは、原告自身右念書作成時に知つていたものである。

(二) 原告は被告に対し、仲介報酬請求権を有しておらず、仮に有していたとしても、金九三万円もの報酬請求権は有していなかつたが、被告は、右高橋の説得に惑わされて、原告に右請求権があるものと誤信して、金九三万円の仲介報酬を支払う旨の意思表示をしたのであるから、右支払契約は被告の意思表示の要素に錯誤があつて、無効である。

3  仮に、右仲介報酬支払契約が有効であつたとしても、同年五月二七日被告の申入れにより原・被告で合意解除された。

4  原告が被告に対し、仮に仲介報酬請求権を有するものとしても、これを行使して、被告に対し、金九三万円の支払を求めることは、次のような事情がある本件においては、信義則に反し、権利の濫用として許されない。すなわち、

(一) 原告は、専ら自己の利得を図るために、その売主及び売買価格について架空もしくは虚偽の売買を介在させ、これにより被告は損失を受けた。原告は、本件土地の所有者武笠一から本件土地の売却の仲介依頼を受けたのであるから、右武笠と被告間で売買契約を締結させるべきであるのに、右武笠から一旦形式的に同業者である不動産売買仲介業者山一商事に金三、〇九三万二、〇〇〇円で売却させ、これをさらに被告に三、二七〇万〇、〇八七円で転売することによつて被告に右売買代金の差額一七六万八、〇〇〇円を支出させたものである。右差額の支出は、原告が仲介人としていわゆる「土地転がし」をして、仲介報酬を二重取りする意図で山一商事の売買を介在させたことにより、被告が被つた損失であり、これは、仲介手数料的性格を有するものであるから、そのうえ、さらに、本訴によつて原告主張の仲介報酬九三万円を被告に支払わせることは著しく衡平を失するものというべきである。

(二) しかも、原告は誠実に仲介の労をとるべきであるのに、却つて、被告の利益に反する行動をとつた。すなわち、

(1) 被告は、本件売買契約について、手付金五〇〇万円を支払つた後の残代金は株式会社武蔵野銀行からの融資をうけて支払う予定であり、原告はこの事情を知つていた。しかし、被告は、同銀行からの融資が受けられなかつたために、残代金を期限である昭和五五年三月三一日までに支払うことができなくなつた。そこで、被告は、右手付金の没収をおそれ、その頃知るようになつた本件土地の実質上の所有者である前記武笠一に対し、右売買残代金の支払期限を同年四月二一日まで猶予してもらいたいと申入れ、その同意を得たが、右期限に残代金を支払うことが無理と予測されるに至つたので、被告は、同月中旬頃、同人に対し再度支払期限の猶予を懇請したところ、同人は、原・被告に対し、本件売買契約を解除したうえで、右武笠一と被告との本件土地についての直接の売買契約を締結すること及び延滞金の支払を申入れてきた。原・被告は、右申入れに同意し、新たな売買契約の内容として、売買残代金二、五九三万二、〇〇〇円を支払うこととし、内金一、八〇〇万円については、同年五月二一日までに金融機関発行の融資証明書を準備し、残金七九三万二、〇〇〇円については現金で決済する旨約定した。

(2) 被告は、同年五月一七日頃原告とともに右武笠方を訪れ、訴外第一住宅金融株式会社の融資証明書及び現金の準備が整つた旨を告げ、所有権移転登記手続について打合わせようとしたところ、同人は融資証明書では所有権移転登記手続に協力できないと言明した。ところで、原告は先の合意の場に立合つており、しかも、被告が手付金の没収を避けようと必死に努力してきたことを熟知しているにもかかわらず、右武笠に同調し、いわゆる手付金流れと本件土地についての農地法五条の申請の取下げを主張し、さらには、本件土地を第三者へ売却するとまで言い出した。

四 抗弁に対する認否

1  抗弁1項のうち、冒頭の主張は争い、同(一)ないし(四)の各事実は、いずれも否認する。山一商事は、昭和五五年一月一〇日前記武笠一所有の本件土地を代金三、〇九三万二、〇〇〇円で買受け、登記については中間省略登記で他に転売したいと考えていたため、右武笠一名義のままにしておいたにすぎないのであるから、原告の本件売買契約についての仲介報酬請求権は、右契約が成立した以上、既に発生している。

2  同2項(一)、(二)及び同3項の各事実はいずれも否認する。

3  同4項(一)の事実は否認する。

4  同項(二)のうち、冒頭の主張は争う。同項(二)(1)のうち、被告が予定していた株式会社武蔵野銀行からの融資が受けられなかつたため、売買残代金を支払期限である昭和五五年三月三一日までに支払うことができなかつたこと、右残代金の支払期限が同年四月二一日まで猶予されたが、被告が同日まで支払うことが無理と予測されるに至つたことは認めるが、その余の事実は否認する。同項(二)(2)の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が宅地建物取引業者であること、昭和五四年一二月下旬原告が被告から土地の買入れの仲介を依頼されて、これを承諾したこと、翌昭和五五年一月一五日本件土地につき山一商事を売主、被告を買主として売買代金三、二七〇万〇、〇八七円で本件売買契約が成立したことは、いずれも当事者間に争いがない。しかして、<証拠>を総合すれば、本件売買契約は、原告の仲介行為によつて締結され、被告は、昭和五五年五月二六日右仲介の報酬として、原告に対し、金九三万円を同年六月三〇日限り支払う旨約していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二ところで、原告は右九三万円の報酬の約定は、宅地建物取引業法四六条一項の規定に基づく最高限度額一〇四万一、〇〇〇円を減額したものであると主張するのに対し、被告は、「原告が本件売買契約の仲介行為をなすに当り、本件土地の所有者武笠一から本件土地の売却の仲介依頼を受け、被告から買入れの仲介依頼を受けたのであるから、右両者間で売買契約を締結させるべきであるのに、右武笠から一旦形式的に不動産仲介業者山一商事に金三、〇九三万二、〇〇〇円で売却させ、これをさらに被告に三、二七〇万〇、〇八七円で転売することによつて、右売買代金の差額一七六万八、〇〇〇円を被告に支出させたものであり、右金員は、仲介手数料的性格を有するものであるから、原告が、右金員に加えて、本訴において九三万円を被告に請求するのは、信義則に反し、かつ権利の濫用として許されない。」と主張する。

そこで、まず、右の争点について検討する。

1  <証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五四年一〇月頃、本件土地の所有者武笠一から本件土地について売却の仲介依頼を受けた。ところで、原告は、従来からいわゆる「土地転がし」によつて宅建業者が顧客から利益を得るのは許されているとの認識のもとに、本件土地を同業者に形式的に所有権を移転させることによつて、顧客から転売利益と仲介報酬を二重に取得しようと考え、同業者である山一商事と転売の打合わせを進めていた。しかるところ、被告が同年一二月下旬頃原告に土地購入の仲介を依頼してきたので、原告は、本件土地を被告に紹介したが、その際、原告は本件土地の売主は山一商事であると説明した。そして、原告は、右武笠一に対しても買主は山一商事であると説明して、昭和五五年一月一五日頃右武笠と山一商事との間で代金三、〇九三万二、〇〇〇円をもつて、本件土地の売買契約(以下、第一の売買という。)を締結させた。しかる後、原告は、右山一商事と被告との間の本件土地売買の仲介人として、今度は、山一商事を売主とし、被告を買主として、同年一月一五日代金額三、二七〇万〇、〇八七円とする本件売買契約(以下、第二の売買という。)を締結させた。

(二)  ところで、右第一及び第二の各売買の手付金は、いずれも金五〇〇万円と約定されたが、右手付金は、被告が同年同月一五日山一商事の仲介人たる原告に手渡した後、原告がさらに右金員を第一の売買の売主たる武笠に交付した。また、売買残代金の支払も、被告が山一商事に支払うべき第二の売買残代金は、第一及び第二の売買代金の差額一七六万八、〇〇〇円のみが山一商事に交付され、その余の残代金は直接右武笠一に支払われた。

(三)  ところで、原告は、第一及び第二の売買を仲介したことにより、第一の売主たる右武笠から金五七万七、九六〇円の仲介報酬をうけたが、第一の買主、第二の売主たる山一商事からは僅か一〇万円の報酬を受領しているにすぎない。

大要以上のように認められ<る。>原告代表者武笠利作は、第一の売買は昭和五五年一月一〇日に成立し、山一商事から武笠一に対し手付金五〇〇万円が交付された旨供述するが、前顕甲第六号証(武笠一と山一商事間の土地売買契約書)をみると、その作成年月日欄には、「昭和五五年一月」と記載されているのみであつて、日付の記入がないので、右書証によつては、契約成立日を同人の供述するような事実は認定することができず、却つて、前記認定の売買の経緯からすれば、第一の売買は第二の売買が成立した同年一月一五日前の相当接着した時点で締結されたものと認めるのが相当である。また、右原告代表者の手付金の交付に関する供述も、成立に争いのない乙第七号証には、武笠一と被告との間で作成された本件土地の売買契約書には、昭和五五年一月二〇日に手付金の交付がなされた旨の記載のあること及び吉沢証人の証言に照らせば、山一商事が武笠一に昭和五五年一月一〇日に手付金を支払つたものとは認め難いので、右供述は措信できない。

2 右認定の事実関係のもとにおいては、原告は宅地建物取引業者として、本件土地の買入れの仲介を依頼した被告に対し、第一の売主である武笠一との間に立つて、双方の利益になるよう誠実に仲介すべきものであり、いやしくも、その間に同業者を介在させるべきでないことはいうまでもない。しかるに、原告は、前記のとおり同業者に本件土地を転売したうえで、被告に本件土地を購入させたことにより、被告に対し、第一と第二の売買差額金一七六万八、〇〇〇円を負担させたものである。なるほど、原告は、山一商事から仲介報酬として金一〇万円を受領しているにすぎないこと前記のとおりであるが、山一商事が被告から取得した転売利益金一七六万八、〇〇〇円は、被告の本件土地の買入れの依頼を契機とし、原告が仲介人たる立場を利用して、同業者に得させた利得であるから、右金員を出捐した被告の立場からみるときには、右転売利益金は、原告が仲介によつて得た利益と同視するのが相当である。そして、原告が、もし、山一商事を本件売買契約に介在させずに、被告が武笠一から本件土地を取得したのであれば、第一の売買価額は三、〇九六万二、〇〇〇円であるから、本来被告が負担すべき法定の報酬最高額は九八万七、九六〇円となる筋合であるのに、原告が右第一及び第二の売買に山一商事を介在させたことにより、被告は右数額を超えた一七六万八、〇〇〇円を支出していること前記のとおりである。

右のような事実関係に鑑みれば、原告が被告に対し、本件においてさらに九三万円の支払を請求することは、信義に反し、権利の濫用として許されないものというべきである。

のみならず、不動産仲介業者が前記認定のような転売の方法によつて仲介依頼者に法定の仲介報酬以上の負担をさせ、よつて、仲介業者が同業者に利得させることは、仲介依頼者の犠牲において不動産仲介業者相互間で利得を図ることを許容することになりかねないのであつて、それでは、宅地建物取引業法第四六条一、二項の規定の趣旨(同規定が一般大衆の保護の趣旨をも含む強行法規であることは、最高裁判所昭和四五年二月二六日判決<民集二四巻二号一〇四頁>がすでに明らかにされているところである。)が没却されることになる。右の見地からしても、被告が実質的に同条所定の最高限度額以上の金員を原告の仲介行為によつて出捐している本件においては、原告の本訴請求は、右法条を潜脱するものとして、許されないものというべきである。

三以上の認定、判断したところによれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当というべきであるから、棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(糟谷忠男 野崎惟子 池田徳博)

物件目録

一 所在 浦和市大字瀬ケ崎字中耕地

地番 三六四番一

地目 畑

地積 二一六平方メートル

二 所在 同所

地番 三七〇番三

地目 畑

地積 六〇八平方メートル

三 所在 同所

地番 三七〇番四

地目 畑

地積 三〇平方メートル

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